secret base 〜君がくれたもの〜 カバー音響設計|Synthesizer VとStudio Oneによる空間構築
「Vocalis Dynamics」では、過度な音圧競争から距離を置き、静かな時間に溶け込むような質感豊かな音作りを追求しています。
今回は、夏の終わりを象徴する名曲『secret base 〜君がくれたもの〜』を、弦巻マキ(Synthesizer V AI)の歌声とピアノのみのアコースティック構成で再構築しました。
本作において目指したのは、派手な演出で感情を伝えることではありません。
歌声だけが感情を背負うのではなく、ピアノもまた静かに物語を語る存在として配置し、ふとあの頃の夕暮れを思い出すような「落ち着いた空気感」と「語りかける距離感」を形にすることでした。
Synthesizer Vでの歌唱設計から、Studio OneでのEQや空間配置、最終的なラウドネス測定値まで、今回の制作意図を記録します。
1. 歌唱のニュアンス|Synthesizer V設定
今回の弦巻マキは、キャラクター本来の可愛い芯を残しながらも、夏の終わりの寂しげな情景に溶け込む「健気でひたむきな歌唱設計」を目指しました。
ボーカルスタイル設定
| Parameter | Value |
|---|---|
| Adult | 40% |
| Breathy | 40% |
| Cute | 25% |
| Whisper | 15% |
| Power_Pop | 5% |
| ブレス | +0.350 |
設計意図
声のベースとして Adult と Breathy をそれぞれ40%と高めに設定し、落ち着いた大人の質感と、胸に染み入るような空気感を最優先しました。
そこにマキさん特有の Cute(25%)をブレンドすることで、健気なキャラクターの芯を絶妙に残しています。
さらに Whisper を15%加え、ブレス成分を +0.350 としっかり引き上げることで、言葉の消え際に残る吐息のニュアンスを強調。
Power_Pop(5%)は、全編を通して感情がわずかに前へ進むための補助としてごく控えめに加えています。
大きく感情をぶつけるのではなく、隣で静かに語りかけてくれているような距離感を目指しました。
2. 空間の整理|Studio One ミキシング
『secret base』は、ピアノの美しい打鍵の余韻が歌声とどれだけ自然に溶け合えるかが鍵となります。
初期フェーダー値は、
- ピアノ:-1.0 dB
- 弦巻マキ:0.0 dB
を基準とし、歌声を無理に前へ押し出すのではなく、双方のEQの凹凸を立体的に噛み合わせるアプローチで調整しました。
Piano EQ
- Low Cut:45.0 Hz(12dB/Oct)
- LF Shelf:110 Hz / -1.50 dB
- LMF:240 Hz / -2.50 dB(Q2.50)
- MF:600 Hz / +1.00 dB(Q1.00)
- HMF:2,800 Hz / -1.50 dB(Q1.80)
- HF Shelf:6,500 Hz / +1.20 dB
- High Cut:16,000 Hz(12dB/Oct)
設計意図(Piano)
45Hz以下をローカットし、アコースティックピアノの不要な超低域を整理。
歌声のふくよかさ(160Hz付近)と衝突しやすい110Hzと240Hzを減衰させることで、ローミッドのマスキングを徹底的に排除しました。
また、ピアノの存在感を示す600Hzを僅かに持ち上げる一方で、弦巻マキの言葉の輪郭と干渉しやすい2,800Hzを整理。
6,500Hz以上を緩やかに持ち上げて空気感を補強しながら、16,000Hz以上を自然に整理しています。
弦巻マキ EQ
- Low Cut:85.0 Hz(24dB/Oct)
- LF:160 Hz / +1.20 dB(Q1.50)
- LMF:380 Hz / -1.50 dB(Q2.00)
- MF:1,200 Hz / +1.00 dB(Q1.20)
- HMF:2,000 Hz / +2.00 dB(Q1.50)
- HF Shelf:8,000 Hz / +2.50 dB
- High Cut:18,000 Hz(12dB/Oct)
設計意図(マキ)
85Hz以下を大胆に整理し、160Hzを持ち上げることで、胸の鳴りのような温かさを補強しました。
380Hz付近を整理することでボワつきを軽減し、1,200Hzと2,000Hzを持ち上げることで、歌詞の輪郭と存在感を形成しています。
さらに、8,000Hz以上を緩やかに持ち上げることで、Synthesizer V側で引き上げたブレス成分を、より自然な空気感として前方へ広げています。
18,000Hz以上を整理することで、全体を滑らかにまとめました。
Positioning|定位
- ピアノ:L70% / R60%
- 弦巻マキ:Center
設計意図
ピアノを左右非対称に配置することで、アコースティックピアノ特有のワイド感と部屋鳴りのリアリティを再現。
中央に定位したマキさんの歌声を、ピアノの打鍵が背後から包み込むようなノスタルジックな配置を意識しました。
3. 空気感の設計|Reverb
今回の空間構築では、
「吸音率の高い静かな部屋で、すぐ目の前で演奏している」
ような距離感を目指しました。
Main Reverb
- Type:Room
- Pre-delay:24.5 ms
- Length:1.55 s
- Mix:1.00
- Size:8.50 m
- Width:1.20
- Height:0.65
- Population:0.40
- Reflexivity:0.12
- Dampness:72.0%
- Dist:0.40
- Asym:0.00
- Plane:0.25
- HQ Mode:ON
センド量
- ピアノ:-14.5 dB
- 弦巻マキ:-19.0 dB
設計意図
お気に入りの Room タイプをベースに、Dampness を72%まで高め、Reflexivity を0.12まで抑えることで、余計な壁の反射感を排除したデッドな空間を構築しました。
ピアノ側を少し多めに送り、空気の層を先に形成。
その上に、マキさんの歌声を控えめに重ねることで、ピアノの美しい余韻が繊細なブレスを優しく包み込むような、引き算を意識した空間構築を行いました。
4. 楽曲の仕上げ|Mastering
Limiter
- Gain:+4.00 dB
- Ceiling:-1.00 dB
- Threshold:-1.00 dB
- Mode:B
- Attack:Slow
- Release:300.0 ms
設計意図
リミッターの役割は、音圧を稼ぐことではなく、ストリーミング環境における安全装置です。
AttackをSlow、Releaseを300msとすることで、ピアノの余韻やマキさんの繊細な吐息がポンピングを起こさないよう、滑らかに制御しています。
5. Loudness Metrics|客観的な「響き」の証明
Powered by Youlean Loudness Meter 2
| 項目 | 測定値 | 音楽的な意味 |
|---|---|---|
| Integrated Loudness | -20.9 LUFS | 深い静寂と自然な聴きやすさを両立 |
| Avg. Dynamics (PLR) | 13.6 LU | アコースティック本来の抑揚を維持 |
| Loudness Range (LRA) | 9.7 LU | 穏やかでシンミリとした感情の起伏 |
| True Peak Max | -7.3 dB | 十分なヘッドルームを確保 |

測定値に対する考察
今回の『secret base』は、Avg. Dynamics (PLR) が 13.6 LU、Loudness Range (LRA) が 9.7 LUという結果になりました。
ベンチマークとしている PLR 15.0 LU近辺には届いていません。
しかし、それはエラーではありません。
本作は派手な迫力を追求するタイプの楽曲ではなく、ピアノと歌声が穏やかに呼吸しながら進行する、非常に落ち着いたトーンの作品です。
そのため、極端なダイナミクス差は生まれませんでした。

しかしその代わりに、数値には現れにくい微細な呼吸感や余韻の揺らぎが作品全体に存在しています。
チャンネル全体のUXを考慮し、全楽曲で歌唱パートの最低音量(下限値)を -23.0 LUFS近辺に揃えながらも、『secret base』という楽曲が持つ穏やかでノスタルジックな空気感を優先しました。
だからこそ、この落ち着いた数値こそが、本作にとって最も自然な着地点だったと考えています。
結び
制作における数値は、音を大きくするためではなく、「距離感」や「呼吸感」を設計するための指標です。
ふと、あの頃の夕暮れの帰り道を思い出した瞬間に。
弦巻マキの可愛いながらもシンミリとした歌声と、静かに呼吸するピアノが寄り添う穏やかな時間を楽しんでいただければ幸いです。
一つの音響設計の答えとして、ここに記録を残します。